結論からお伝えします。
メーカーがエンド顧客に直接売るべきかどうか。この問いに「YES/NO」で答えようとしている時点で、すでに戦略的に負けています。
正しい問いは「どこで、誰に・何を・どのチャネルで売るか」をセグメントごとに分解し、それぞれについて戦略を考えて実行することです。
現状:直販(EC)はまだ9%しかない
米国のメーカーB2B EC売上は2021年に5,430億ドルに達し、2016年以来年率16%で成長しています。にもかかわらず、メーカー全体の売上に占める直販ECの割合はわずか約9%にとどまります(Industry Week, 2023)。
パンデミックで加速したはずなのに、なぜ進まないのか。答えはシンプルです。チャネルコンフリクト(代理店・卸との利害衝突)を恐れているから。
既存の代理店ネットワークへの依存と、関係悪化・売上毀損への懸念が、直販への踏み出しを阻んでいます。キーエンスで営業の仕組みを叩き込まれた視点から言えば、これは「感情で意思決定している」状態です。
直販のメリットは明確
顧客側から整理します。
顧客にとってのメリット
- 中間マージンがなくなる → コスト削減
- 直接サポートを受けられる → 対応速度と品質の向上
- メーカーと深い関係を築ける → 生産性改善・コスト削減・売上成長につながる課題解決力の向上
メーカーにとってのメリット
- 製品フィードバック(生の声)を直接取得 → R&Dと製品改善の精度・スピードが上がる
- 中間マージン分の利益率向上 → 売上・利益の成長
- 競合他社の動向や顧客の購買行動が把握できる → 営業戦略を自社で設計できる
- エンド顧客との直接信頼関係の構築 → LTV(顧客生涯価値)の向上
双方にメリットがあるにもかかわらず進まない理由は、チャネルコンフリクトを「解決すべき設計の問題」ではなく「避けるべきリスク」として扱っていることにあります。
判断軸を持つ:2つの切り口
直販移行は「やる/やらない」で考えるものではありません。顧客と製品の2軸でセグメントし、領域ごとに判断します。
軸①:エンド顧客との関係性
その顧客は自社で開拓したのか、代理店経由で紹介されたのか。ここが出発点です。
- 自社で開拓した顧客 → 直接関係を維持・深化させる
- 代理店経由の顧客の別部署・別担当 → まだ関係がない以上、新規として入っていける余地があります
- 代理店がカバーできていない新規エリア・業界・企業 → メーカーが主導して新規開拓する
軸②:製品ポートフォリオ
全製品を直販に切り替える必要はありません。製品ごとに役割を割り当てる考え方が現実的です。
- 代理店が扱っていない製品・新製品 → 直販で入る
- 複雑・特殊な用途で提案が必要な製品 → 直販のほうが顧客に刺さる
- 標準品・汎用品 → 代理店に委ねるとしても「任せっぱなし」は見直す余地があります
チャネルコンフリクトが本当に起きる場面はどこか
チャネルコンフリクトが本当に問題になるのは、既存顧客を代理店から奪う場合に限られます。それ以外の領域——新規顧客、代理店が手を付けていないエリアや製品——では、原則としてコンフリクトは発生しません。
- 代理店と無関係のエリア・業界・製品 → コンフリクトは起きません。メーカーが直接動けばよいです
- 代理店と関係のある領域での新規顧客 → 商流を代理店に通すなど、住み分けの設計次第で共存できます
- 代理店が開拓できていない空白 → メーカーが直接入ることで、結果的に代理店の売上も増えます
重要なのは、メーカーが顧客と直接関係を持つこと自体が、三者にとってプラスに働くという点です。「直接関係を持つこと」と「代理店を通すこと」は、対立ではなく両立できます。
既存顧客への対応:「奪う」ではなく「役割を分ける」
既存の代理店経由顧客にメーカーが直接関わることには、確かにリスクが伴います。しかし「全部奪う」のではなく、役割を再設計する発想で対処できます。
- 顧客との関係構築・技術提案・アフターサポート → メーカーが担う
- 物流・在庫管理・配送・請求処理 → 代理店が担う
代理店をフルフィルメントパートナーとして位置づけ、メーカーは顧客接点と付加価値を担う構造です。
実行の優先順位
① まず新規開拓から手をつける
代理店が開拓できていない顧客・エリア・業界は必ずあります。そこへのアプローチに代理店の許可は不要です。獲得した顧客の商流を代理店に流す設計にすれば、代理店にとっても新たな売上になります。
② 次に既存顧客の整理をする
代理店経由で取引している顧客の中から、直接関係を求めているケース、代理店のサポートが不十分で不満が潜在しているケースを特定します。「商流は代理店のまま、技術サポートと関係構築はメーカーが担う」形で入っていきます。
③ 価格ポリシーは明確に決めておく
直販と代理店経由の価格が乖離すると、代理店との信頼関係が崩れます。直販で代理店の価格を下回らないルールを事前に設定しておくことが重要です。差別化はサポートの質とスピードで行います。
まとめ:まず市場を定義し、チャネルはその後に設計する
「代理店を使うかどうか」を起点にしないことが重要です。エンドユーザーが存在する市場を先に定義し、そこへのアクセス手段としてチャネルを後から設計します。代理店はその選択肢のひとつに過ぎません。
直販9%という現状を裏から見れば、91%の市場ではメーカーとエンドユーザーの間に代理店が介在し続けています。顧客はすでにそこにいます。関係がないのではなく、直接の接点がないだけです。その「直接の接点」を一度作れば、関係は長く・深くなりやすいです。だからこそ、動き出すのが早いほどよいです。
KYNOVUSについて
株式会社KYNOVUSは、日本のBtoB企業の海外販路開拓を実行支援する専門企業です。LinkedIn、海外企業決裁者データベースをはじめとしたツールを活用し、海外エンドユーザーとの直接接点を素早く・低コストで生み出します。キーエンス元海外事業部長の知見をベースに、プライム上場企業から中小企業まで、規模を問わず支援しています。
筆者:株式会社KYNOVUS 代表取締役 岩淵優里奈
プロフィールはこちら
2016年、女性営業職がゼロだった株式会社キーエンスにパイオニアとして入社。大阪・福岡営業所にてハンディターミナルのソリューション営業を担当し、数々の社内ランキングで1位を獲得、常にトップクラスの成績を維持。2021年に合同会社Adrianaを設立し、営業コンサルティングを軸に企業の海外進出支援および新規事業立ち上げを支援。英語・ドイツ語を活かしドイツ、ドバイ、パプアニューギニア、マレーシア等で幅広い海外ビジネスを経験。2023年にメディアストリーム株式会社取締役に就任し、従業員再教育プログラムの構築やAIシステム開発による業務効率化を推進。2024年、株式会社KYNOVUS代表取締役に就任。
チーフマネジメントアドバイザー 藤田 孝 氏
元キーエンス海外事業部長。1982年に創業期のキーエンス(当時売上約16億円、海外拠点ゼロ)に入社し、海外事業の立ち上げに従事。1998年に初代海外事業部長に就任後、19の現地法人・150拠点を設立し、海外売上をゼロから約1,600億円、全社売上の50%を占める規模へと拡大。100名超の駐在員を育成し、2015年に退任。現在は60社以上の経営アドバイザーとして活動。KYNOVUSでは海外販路戦略および営業マネジメント体制を監修。


